2005年6月17日 (金曜日)

通訳さんは能力が高いは、当たり前

これで、ウクライナ、ルーマニア、ブルガリアの旅行記は終了。

もう旅から、二ヶ月過ぎましたが思いついたことを書いてみます。

今回は仕事だったので、はじめて通訳さんを採用しました。

通訳さんの話を少しします。

東欧で出会った通訳さんは、みなさん能力が高かったですね。

個人名は上げませんが、日本語学校の先生だったり、日本に長く住んでいて帰国して大学へ通っていたりと、日本との橋渡しを楽しんでもいるようでした。

通訳は個人の仕事として私と接していましたが、その中に有る共通の物を感じます。

それは、母国を知って欲しい、理解して欲しい、そして良い関係を持ちたい。そんな強烈な使命感を感じるのです。

そんな通訳さんとのやり取りも今回の旅行の収穫でした。

また、ブログで知ったある通訳さんは日本人で、他国の大学を出て、そのまま通訳として現地に残って活躍していたのです。

この人は良い意味で変わっていて、楽しかったですね。了解を取れたら、そのひとのブログを紹介しますね。これはめちゃくちゃ面白いブログです。

当時ブログを読む限り、シモネタ連発のブログなので、最初は男の人かと思いましたが、違うんですね~これが。

しかし、性差を感じさせない前向きで積極的な人間性は好感が持てます。

ブログと言えば、ウクライナの情報はブログで得ました。行きの退屈な機中も、このブログを読むことで、楽しい時間となったのです。

まさに、インターネット時代を実感した旅行でした。

であったすべての人に感謝してこの旅行記は一旦終えます。

とは言っても、次回はすぐ始めますがね。[^^]

●日本語              ありがとう

●ウクライナ(ロシア語) スパスィーパ

●ルーマニア          ムルツメスク

●ブルガリア          プラゴダリャ

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2005年6月16日 (木曜日)

東欧旅行記日程

いままで書いてきた旅行記は、2005年4月16日成田発から4月26日成田着までをまとめた物です。

旅行記は、旅行中毎日ホテルに帰着後2から3時間かけてまとめた物を、再度文字の間違いなどを修正して書いてあります。

下記は、日程です。

0416土  SU582  成田        12;00  モスクワ   17;00
0416土  SU185  モスクワ    21;50  キエフ
0416土  キエフ/ウクライナホテル

0417日  キエフ日本語ガイド    /10;00-18;00

0418月  キエフ ガイド   

0419火  PS845  キエフ      08;00  ウィ―ン    09;00 
0419火  OS791  ウィ―ン    18;40  ブカレスト  16;20
0419火  ブカレスト/キャピトルホテル

0420水  ブカレスト日本語ガイド/10;00-18;00

0421木 ブカレスト ガイド

0422金  RO291  ブカレスト   15;30  ソフィア  16;35
0422金  ソフィア/ブルガリアグランド         

0423土  ソフィア日本語ガイド   /10;00-18;00

0424日  ソフィア ガイド

0425月  SU426  ソフィア      15;10  モスクワ  19;00
0425月  SU4575  モスクワ     20;00  成田  10;00(日本26日着)

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2005年5月16日 (月曜日)

ウクライナとブログ

tikyuunoarukikata ウクライナ旅行で手放せないのは、この地球の歩き方です。

470ページの本で、ウクライナ部分、しかも行くキエフ部分は30ページしかありません。

で、そこだけ切り離してもいいのですが、他の国へも行くようになるかもしれないと、せこい考えで1冊をそのまま持って歩きました。

荷物の重量を減らすのは旅行の鉄則なんですが。

色々な旅行誌を見ましたが、この地球の歩き方が一番よさそうです。これで裏切られたレストランも見学先もありませんね。

もう一つ、今回のウクライナ行き、次の国ルーマニアもそうでしたが、私にとってはブログの効果というか、威力が大きかったですね。

ブログ名:『生きてるウクライナ』

サイト: http://cossack.exblog.jp/

詳しくは上記ブログを読んで欲しいのですが、ウクライナに住む日本人の方が書いています。

つまり、日本人の目で、しかもウクライナの生活者での目でも書かれているので、躍動感がありわくわくとさせるものです。

このブログを紙に印刷し、成田、モスクワ間で読みました。

結構読み応えはありましたが、このブログのおかげで今現在のウクライナ情勢が手に取るように解ります。

ウクライナへ着いたときには、私のウクライナ情報はかなりの量になっていたのです。

たとえば、ウクライナは、昨年選挙の不正などで、日本でも大きなニュースとなっていましたが、ブログには当時のウクライナ、キエフの人の考えが書かれてあります。

当然ながら、ブログ作者の意見も入っているのでしょうが、私にとっては、そこの部分にも共感できるものがあり、長い機内の時間を有効に利用した次第で、すごい世の中になったものと関心しっぱなしです。

ブログには新聞報道では知ることのできない、生の声が書かれているのですから、本当にすごいことですよ。

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2005年5月12日 (木曜日)

ウクライナ キエフの大書店街

キエフの大書店街ukuraihonn

これはすごいですよ。

車のシャッター1枚分の間口に、奥行きがその半分より少しあるくらいの本屋さんが、100軒。いや、200軒。いやいやもっとだ。300軒以上は軒を連ねて並んでいる。

通訳さんに聞いてみたが、「???軒はあるかなぁ~」聞き取れない。 

見るだけで圧倒されてしまう。

地球の歩き方にも出ていない。空の上から写真に撮ってみたかった。すごいだろうな~。

ukuraihonn_2むろん日本語の本などは1冊も無い。たぶん。全部見ていないので予想だけ。

 

行った理由は羊の料理本を購入すること。それも写真の入っている物。

 

あったが、読めない。まぁそれでも必要になれば誰かに日本語に訳してもらおう。

 

戻りのタクシーから振り返って見ると、大書店街を出てから今度は道路沿いに青空の下、本を並べて売っている。

 

書店街から、道路沿いに放射状に伸びているようだ。

雨が降ったらどうなるのだろう。

 

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2005年5月11日 (水曜日)

ウサギの肉

市場でウサギの肉を見た

最初に断っておきますが、写真はかなりグロテスクです。肉の姿に慣れない人は、この小さな画面だけにしておいたほうが無難です。

何処の国へ行っても市場をのぞくようにしている。私にとって市場はその国の生活を知る上で大切な旅の工程での一部です。

キエフでとてつもなく大きな市場へ行った。その市場の名前を帰国後もズーと考えているが思い出せない。

 

行くとほとんど地元の人ばかりで、観光客はゼロ。こんな所が楽しいのだ。

市場内の50軒位の肉屋には、羊の肉がたくさんぶら下がっている。東欧は豚肉が主だと思っていた、なぜ。

 

通訳さんに聞くと、お祭りが近いからだとのこと。

復活祭だ。

復活祭では羊の肉だけ食べるらしい。それにあわせて肉屋はどこでも今年生まれた羊を中心に売るようになる。

 

むろん普段食べる豚肉も売っている。他には鶏肉、牛肉。

で、この写真をよく見て欲しい。警告しておくが日本人には見慣れない肉なので、中にはざわっとする人もいるだろう。もしかしたら見ないほうがいいかもしれない。

 

倒れても責任は持たない。

uragi_niku_これがウサギの肉

ほとんどの人は、姿の肉はブロイラーの丸鳥を見たことはあっても、ウサギの肉は見たことは無いだろう。

私は子供の頃の昭和30年代は1月から2月にかけて、針金で罠をつくり山ウサギをとって食べていた。

 

久しぶりにウサギの姿を見たが、あまり抵抗は無いが、やっぱりグロテスクなのは事実。

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2005年5月10日 (火曜日)

ウクライナの楽器 バンドゥーラ

banndouraseinenn_

ウクライナの楽器バンドゥーラ

公園を歩いていると、一人の青年が楽器を弾いていた。通訳さんによると、ウクライナの楽器だという。

ハープに似ているので、そうかと聞いたら「バンドゥーラだ」という。続けて「目の見えない人が、弾く楽器です」

 

日本の琵琶のような伝承のされ方だ。なんとバンドゥーラはウクライナでも盲人の楽器なのだ。

 

banndoura_rouzinまた、町の中を別な所へ移動したら、一人のおっさんバンドウーラを引いていた。

 

これは音色が違うなと、立ち止まって聞いていたら、通訳さん「ウクライナで一番人気の有るバンドゥーラ弾きです」と。

ただ、この人は盲人には見えない。

CDを買った。日本円に直して2000円くらいはしたであろうか。

帰宅してから何も言わずに、お土産だと父に渡した。

ウクライナ、ルーマニア、ブルガリアで民謡ばかり6枚のCDを買ってきた。

二日位してから、このCDが一番よかったと、ウクライナで一番人気のこの人のCDを指した。

 

ちなみに、お土産に買った民俗音楽のCDの内2枚は、ぜんぜん聞くとができなかった。 

隣のおじさんは、ただ聞いているだけの観客です。

 

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2005年5月 9日 (月曜日)

ウクライナキエフの似顔絵書き

ジュノスティ広場で似顔絵書き

これ、同じ人に見えます?

私の似顔絵です。外国人に描いてもらったら日本人の顔にならないと言いますね。

ウクライナホテルの前にあるジュノスティ広場には、10人以上の似顔絵書きのひとがいる。そこを通ると似顔絵を書かないわけにはいかないという心理状態になる。

 

だって、何人にも声をかけられるのだ。

とは言っても、けっしていやいや書いているわけではない。

 

旅で出会った似顔絵書きに、絵を描いてもらうのを一つの楽しみにしているのだ。最初はハンガリーで書いてもらった。それから病み付きだ。

 

ブログの右にある似顔絵がそれだ。

 

ジュノスティ広場の似顔絵も、幾つか飾っている絵の中から書き方のモデルを選べるのだ。

 

好みの画家を選ぶのではなく、好みの絵のタッチを選ぶ。

そうは言っても実際書きあがってみると、『え~、なんだぁこりゃ』と。モデルと自分自身とかけ離れているように思う。

 

最近は慣れた。

 

自分の顔の不細工さを棚に上げ、書きあがった絵をけなしても天に唾するようなものだというのは解っている。

 

でも、言わせてちょうだい。

ukuraina_nigaoe1_ で、キエフで最初に書いてもらったのがこれ。

 

狐目の似顔絵ができあがった。

 

どうみても犯罪者か変質者だが、キエフの似顔書きからはこう見えるのだろう。

 

納得しましょう。

 

ukuraina_nigaoe2_

二枚目はひょうきんな顔になった。

 

2枚並べて見ると、どう見ても同じ人には見えない。 プロフィールにあるハンガリーの似顔絵と比べて欲しいが、3枚とも違う人間だ。

ウクライナでは一度イタリア人に間違えられた。

この絵の口元がかわいらしい。

妻にも見せたが、無反応。

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2005年5月 6日 (金曜日)

豚の脂(あぶら)

buta_seabura「これはなんだか解りますか?」(写真をクリックし大きくしてください。見やすくなります。)

日本に帰ってきて、何人かの肉屋に聞いた質問です。

「豚ばら肉?」「ベーコン?」これが答え。

現物を見たわけではないので、解りにくいとは思いますが、まさか脂だとは思わなかったようです。

私も長年肉屋をやっていますが、すぐにはわかりませんでしたね。いや、脂だというのはわかりましたよ。

私の場合はなぜ市場で売っているかです。

日本なら脂は精製してラードとして売っていますが、豚の脂の現物そのままを売っているとは、ちょっとびっくりします。

ロシアやウクライナ/キエフは黒海沿岸を除いて、大陸性気候とのこと。冬はかなり寒いようです。寒い冬は脂肪を沢山とってエネルギーとするのでしょうか。

国内でも、地域が変われば、食べるもの売っている物は違います。ましてや国が変われば違いのあるのは当たり前ですから、納得はします。

で、「どうやって食べるんですか」と、聞いたら、そのままパンにぬって食べるとのこと。現実にレストランで出てきました。

buta_seabura2この写真は、豚の背脂をパンの上に載せてあります。

このまま口の中へ放り込むのです。けっこういけるんですよ。

今日は、

肉屋として、豚の脂まで売れるのが、うらやましいという話しでした。チャンチャン

 

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2005年5月 5日 (木曜日)

ウクライナ人は現金が好き

通訳さんの話によると、ウクライナ人は現金が好きだという。な~ぜ。

 

一日100ドルくらいを現地通貨に換えて使っていたが、両替をしようと両替店に入った。

 

先客は一人しか居ないので、すぐ自分の番だとドル札を出して(これは危険な行為らしい)待っていた。しかし、前の男性はなかなか終わらない。

 

私の後ろに両替に並んだ人は4人ばかりいたが待ちきれずにやめてしまった。

 

ちなみに、東欧諸国は街中のいたるところに両替商というか両替店がある。

 

円以外は使わない日本人には見慣れない光景だ。これは陸続きで国境を接している外国ならではの光景だろう。

 

あと旅行でなかなか慣れないのは、両替とは10,000円を1,000円札10枚に変えることではない。解ってるって言われそうですが、ときどき現地のお金を出して、小額紙幣にして欲しいとお願いしてしまう。これはいままで全部断られた。

 

むろん両替とは、¥から$へとか、逆とか、$から現地通貨へ換えることだ。

 

さてその先客さん、肩越しに見るとなんと10cmくらいの札束を10個ほど両替に出している。これを整理して考えると、小額紙幣を大きな金額の紙幣に換えているのではない。

 

やっぱり。

 

30分ほども待っただろうか。

 

『両替になんであんなに沢山のお金を出すのだろう。』

 

『ん、、これはどうも犯罪のお金をクリーニングしているようだ。後ろから見た感じではマフィアのような気がする。』そう思っていると、通訳のエレーナさんは、察したのだろうか、「ウクライナ人は、現金が好きです」といった。

 

はて『現金が好き?』とは。

 

『現金が好きって、何処の国でも、みんなそうだよなぁ~』と思う。

 

通訳さんは何を言いたいのか?、よくよく聞いていると、『現金を信用している』と言っているようだ。あまりカードは使わないらしい。

 

じゃ、「この人は何でこんなに時間が掛かるの」ときいたが、「解らない」という。そりゃーそうだ。当たり前だ。

 

『犯罪者だもの、通訳さんとは付き合いがあるはずは無い』と、勝手に先客を犯罪者にしてしまった。ゴメンナサイ。

 

ukurainaウクライナキエフの地下鉄

ステンドグラス

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2005年5月 4日 (水曜日)

危険を察知、タクシーで隣に乗らない女子大学生通訳さん

●タクシーで、私の隣に座らない女性大学生通訳さんは、な~ぜ。

 

通訳さんと二回タクシーに乗った。

 

地下鉄での移動をお願いしていたが、「地下鉄は好きですか」と聞いてきた。

 

べつに地下鉄が特に好きということではないが、初めて来た土地では色々なことに挑戦して見たい。だから地下鉄にも興味はある。

 

もう一つ。できれば地下鉄に乗りたいという理由は、旅行誌によるとウクライナのタクシーは料金を吹っかけると出ていたので、乗りたくないと思ってもいた。

 

一人で乗る場合、会話ができないので、交渉はもちろんのこと、何かあっても苦情もいえない。

 

ぜんぶ相手の言いなりだ。それが嫌で一人の場合は、市内循環バスやトロリーバス、それに地下鉄を利用する。

 

説明が面倒なのでそのままにしておいた。

 

しかし、なんども「地下鉄が好きですか」と聞かれるので、すがた格好から『お金の無い人だ』と思われても日本人全体の恥だ。

 

てなことで、タクシーに乗ることにした。合計二回乗ったが、二回とも通訳さんは運転席の隣に座る。

 

キエフのタクシー運転手さんは、運転が荒い。

 

私の運転では隣に乗った人みな、『運転が荒い』『手が汗ばむ』とよく言う。別な言い方で、運転が下手ということだろう。

 

しかし、それにしてもこのタクシーの運転手の隣に乗る通訳さんは怖がっているだろうなと思い声を掛けて見た。

 

二回目のタクシー乗車の時だ。「なんで後ろに乗らないのですか」と聞いて見た。美形通訳さんは最初言いよどんでいる。

 

で、「隣に乗るのは、婚約している人だけです」と。すぐに意味は解らなかった。

 

『タクシーで一緒に後ろに乗るのは、男女関係がある人と思われる』と、そういう意味らしい。

 

そういえば昨日の通訳の女性も、前にしか乗らなかった。最初私に「あなたは、前に乗るか、後ろに乗るか」と、聞いてきたがそういう意味だったんだ。

 

昨日はともかく、今日の通訳さんにはぜひ隣に乗って案内をしてほしかったのだが、

ざんね~ん

 

あれっ、ところで日本はどうでしたっけ。そんな習慣は無いですよね。

 

一応通訳さんにはそう説明したんですが、間違っているかな?。むろん通訳さんに理解はしてはもらえないようだ。

 takasyou

写真はウクライナホテルの前にあるジュノスティ広場で。日本で言うところの鷹匠。ここでは鷹ショー(show)かな。(笑)

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2005年5月 3日 (火曜日)

200mのエスカレーター

●とんでもない深い地下鉄

_

ukuraina

地下鉄に降りるまでとんでも無く深い。エスカレーターの長さは200mはありそう。

 

こんな深いの見たこと無いというくらい、深いところに地下鉄があるようだ。東京の大江戸線も深いがそれよりもっと深いだろう。

 

乗り場の広さは日本くらいかな、しかし、天井は高い。

 

では、ここで質問です。これはなぜでしょう。テレビのクイズ番組風ですが。

 

実はこれ、通訳さんの話では、旧共産圏の国々は地下鉄を防空壕として使える様に作ったとのこと。

 

このこのことは聞いたことはありますね。日本の地下鉄にもそのような話はあったと記憶しています。

 

深いところまで人を運ぶのでエスかレターのスピードはやたらと速い。日本の5割り増しくらいだろうか。

 

エスカレーターに乗ろうとしたら、人が何人か集まっている。

 

なんでだろう。

 

よく見ると杖をついたおばあちゃんが、そのスピードを怖がっているのだろうか、一歩を踏み出せないでいるのだ。

 

後ろから次々と人が押し寄せるので、こけそうになっていた。

 

「あっ、あぶない」と、ロシア語で。

 

一人の夫人が支えて、やっと乗った。『やれやれ』。

 

しかし、それでもスピードに乗り切らず、頭から落ちそうになったり、しりもちをつきそうになったりと、ふらふらしている。

 

そのとき後ろから、「がぁー、ごぉー」とロシア語で叫びながら、誰か降りてきた。

 

係員だ。

 

杖をついたおばぁちゃんを支えた。

 

これを『あれっ、この人はさっきエスカレーターのそばにいた係員だ』『だったら、さっさと来いよな~』そうは思った。

 

この地下鉄、防空壕になるのはわかったが、入り口と出口と両方を爆弾でふさがれたら、何処から出るのだろうと、余計なことを沢山考えることができるほど深く深く降りていく。

 

ところで、今の日本の10代、20代の人は、防空壕という言葉を知っているのだろうか。

 

 

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2005年5月 2日 (月曜日)

ウクライナで女子大生にセクハラする

ウクライナ/キエフ/二日目

 

●どうしてこうなのか。朝食は食堂へ入った順に着席させられる。

 

モスクワ、キエフ間の機内もそうだったが、今日の朝食も他に席は空いているのに、先客2人の居るところへ座らされた。先客も迷惑そう。

 

気に入らない。しかし、ここは他所の国。

 

昨日はオムレツ。

で、今日は目玉焼きを頼んだはずが、オムレツが出てきた。

 

ん、、、、向かいを指差し日本語で「あれを下さい」と。やっぱり手振り身振りだけでは、無理があるようだ。

 

通訳アルバイト 大学4年生、女性

 

かなりな美形。でも、好みがあるので、なんとも。

 

写真を見せられないのが、ざんね~ん。

 

名前を紹介していただいたが、すぐ覚えることができた。

 

しかし、その名前のロシア語読みを聞いたが、何回聞いてもとうとう発音できなかった。日本人が呼びやすいように、日本語読みで教えてくれたとのこと。

 

ありがたい。

 

アルバイト料金は、1時間5$。7時間だから35$。

 

まだ日本に行ったことは無く日本に興味があり、今年京都へ1年留学が決まっているようだ。

 

ちょっと聞き取りにくいところはあるが、なんとか通じそう。通訳をお願いするが、逆に少しは日本語を教えることになりそう。これは[^^]。

 

留学には友達と二人で行くようだ。

 

日本語を習っただけで、ここまで話すことができるものかと思うほど会話に不自由は無い。外国語を話せないこちらとしては、うらやましい限りだ。

 

また勉強熱心で、バックからぼろぼろの露日辞典を何回も取り出し、通訳していた。こうやって覚えていくんだろうなぁ。

 

会話に不自由は無いが、こちら料理の質問が多いので、その材料とか調味料、また、どうやって作るのかなど専門用語の通訳に苦労していた。

 

通訳は、12時から7時までだったが、6時過ぎてから何回も携帯に電話が入ってくる。ずいぶん付き合いの多い人だと思っていたら、昨日の通訳さんのようだ。

 

心配してのことらしく、確認の電話だった。

 

最初は何も感じなかったが、何回かの電話の後に、

「いわいさ~ん、わたしは、ほてるのいりぐちまでで、おわりで~す」

「はい、あと30分ありますね」と。

 

『ん?、なんのことかな。特にその後、なにもお願いしていないはずだ』こう考えたが、どうも、昨日の通訳さんは私を危ないと思ったらしい。

 

『通訳の仕事は、ホテルのロビーで終わりだよ』と、話しているようだ。

 

薄汚れた服と、髭ぼうぼうの東洋人では、警戒されてもしょうがないかな~。

 

ちなみに、犯罪やセクハラに類すること一切ありません。

 

誓って。

 

なんで、こんなことを書かなきゃならないんだろ。
 

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2005年4月30日 (土曜日)

明日は美人のキエフ大学生と

ウクライナ/キエフ/1日目

 

通訳さんとホテルで落ち合う。

 

あって吃驚した。最初日本人かと思った。どこからみても日本にもいる顔だ。また日本語がひじょうに上手だ。旅行会社からは現地の人とだと聞いていた。

 

「市内はどうやって回りますか」

「タクシーをチャーターして回りたいと考えています」

「じゃ、私の知り合いが居ます。その人でいいですか。1時間5ドルです。」

「はい、それでお願いします」

 

 

おどろいたのは現地通貨のグリヴナでなくてもよいということだが、40ドル出してつり銭の5ドルはグリヴナで来るのかと思ったら、ドル札でだった。

 

写真は借上げ車運転手さん。運転のほかにも料理を食べる役割も頼んだ。 

飲食店なども、ドルが使えるところもあるようだ。

 

通訳さんと一日の予定をあらかじめ立てて行動することにした。

 

ついでに明日、もう一日通訳を頼んだが、仕事が入っているということで、キエフ大学の大学生を頼んでくれた。女性で美人とのこと。こりゃぁ楽しみだ。

 

もう一つついでに19日はキエフボリスピリ空港まで、その運転手さんを頼んだ。キエフのタクシー運転手は料金をふっかけると『地球の歩き方』に出ていたので頼んだのだ。空港まで25ドルとのこと。

 

通訳さんは、ロシアのバイカル湖の湖畔の町ヴィリァートで生まれ、17歳までそこで育ったモンゴル系の民族のようで、日本人によく似ている。

 

unntyann

チャーター代金は35ドルだった。

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2005年4月29日 (金曜日)

パンに味が無い

ウクライナホテル

 

まるで味の無いパンだなぁ~。

よく言えばシンプルな味。悪く言えばまずい。そんなパンで朝食。Fのレストランはよい雰囲気だがなんとなく暗い。ウエートレスも美人だが笑顔が暗い。

 

ウッ、暗イナということで、ウクライナ。

(そんなこたぁないな。ゴメンナサイ)

 

朝食はセットしてあり、私の座ったテーブルには6人分の食事が用意してあった。

 

まさかと思っていたら、向かいに別なお客さんを案内した。あまりそういうことににこだわらないのだろうか。

 

こっちは気になる。が、言葉がわからないので文句も言えない。

 

そういえば、飛行機の中でもモスクワからウクライナ キエフまで、後ろはが空きなのに前のほうから詰められた。

 

日本ならABCと席があるなら、ACに人をいれてBは開けておくだろう。ウクライナの飛行機は、ABCと順番に全部詰めてある。なんでだろう~、なんでだろう~。古いかな?

 

乗る人の立場で考えるなら絶対そうなる。

 

しかしスッチーの方から見ると、仕事がしずらい。そういうことかぁ。それとも、席を決める人が順番に詰めているのだろうか。

 

話を元に戻そう。

 

向かいに座った人を見ていると、『はは~ん、こうやって食べるんだ』とか、『あっこれが次に来るんだ』とか、ウエイターが何を聞いていたか解る

 

そう考えると、『こんな方法もありだな』。

 

エイターは「オムレツと、何だかと、何だかの3種類から選べ」といっているようだ。オムレツの言葉を聞き取れたので、オムレツを頼んだ。

 

向かいの人は目玉焼きだ。三個も玉子の入った三つ目の目玉焼き。明日は目玉焼きにしよう。

 

オムレツは味がしない。テーブルにはスパイスとして塩と胡椒が置いてあるだけ。かけて食べた。塩の味だけする。

 

ホテルは陸の上にありそこから下りながら広場へ出る。30分くらい朝の散歩に出て見た。今日は霧だろうか。

ukurainahoteru

ウクライナ/キエフ

ウクライナホテル

  

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2005年4月28日 (木曜日)

ウクライまで18時間

空港からホテルまで、何キロ走ったろうか片側4車線の太い道路が続く。

 

ホテルまでウクライナの首都キエフのボリスピリ空港から40kmある。道中夜中だからかやたらと薄暗く感じる。

 

ウクライナホテルへ付いた。ここも薄暗い雰囲気。格式ありそうだが相当古いホテルだった。

 

日本のほとんどのホテルはチェックイン時にフロントでキーを渡されるが、どうも『キーは2階にある』といっているようだ。

 

指を差している。言葉は当然ながらわからない。

 

『部屋の中にキーがあるのだろうか?』そりゃ変だと思いつつ、エスカレーターで2階へ行くと、なんとまた一人フロントにおばちゃんが居て、そのおばちゃんがキーを渡してくれるのだ。

 

やたらと広い部屋は落ち着かない。電気のスイッチが頭の高さのところにあるのはおどろいたが、部屋中央のこじんまりしたシャンデリアのスイッチの場所がわからない。無い分けないと、20分探したがやっぱりわからない。

 

結局、帰りまでその電気をつけることはできなかった。

 

広いのはいいとしても、気が付いた。落ち着かない原因は、天井が高すぎるからだ。

 

成田を昼の12時に出てから、ほぼ18時間。今は夜中の12時。長かった。

 

でもまだ出発と同じ日だった。

 

 

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2005年4月27日 (水曜日)

ウクライナ入国、税関で

今回のウクライナ入国で一番の問題は税関だと思っていた。なぜなら、ビザのいる国への入国は久しぶりだったからだ。

 

て、機内で貰った入出国カードに半分くらい記入したところで、着陸態勢に入った。

 

どこでもそうだが日本人は居る。

 

しかし、こんなときに限って、機内70人を見る限りでは見当たらない。

 

こりゃぁ寂しいなぁ~

 

最初に入出国カードを書込み提出。なにか質問をされたが、わからない。どうも数字を言っている様だ。「スリー」と聞こえる。たぶん宿泊日数だろうと思い「イエス」。

 

次に手荷物検査は、おばちゃんが「これはなんだ」と、画面に写った12本持ったお茶のペットボトルを指した。「ティー」。このくらいの英語ならわかる。ここは無事終了。

 

さて税関。たぶん日本で言うところの税関だとおもう。まず書類が解らない。2種類あった。

どれ?、そばに税関?の職員が居たので、聞いた。どうもコチラらしい。

 

地球の歩き方を見ると、あった。同じだ。で書き始めたが、あせってくる。そのうち、え~い。なるようにしかならないと、心の中で自分に言い聞かせていた。

 

それにしてももう3人しか残っていない。

 

一人が「お前は、タイ人か」と英語で聞いてきた。たぶん。で、「ジャパン」。日本なら、『ジャパ~~ン』と、郷ひろみ風なんだけれど、そんな余裕は前々無い。

   

その人は、もう一人の人に書き方を聞いていた。『あ~丁寧に教えているんだなぁ』くらいに思っていた。

  

柱の陰から日本語で「うまく書けましたか?」と聞いてきた。『わぁー、日本人だ』。

 

「はい、ありがとうございます。パソコンやデジカメも書くんでしょうか」「うん~、いらないと思うけど、書いてもいいんじゃない」。結局ローマ字読みで書いて終了。

 

周りを見回したら、もう誰も居ない。外交官らしいそのひっぽん人も、もう居ない。

 

冷たい。グスン。

 

書き終えてさてどこへ出そうかと、うろうろ。あとで地球の歩き方を見たらRed Channelと出ていた。

 

そういえば読んだことを思い出したが、その時はあせりで一杯。見渡してみると。一人の税関の女性が窓から手招きをしている。

 

シチズンと書いてあるのでウクライナ人専用だと解ったが、まぁとにかく行って見る。だってやさしそうだ。

 

外国へ行くと女性はみんなやさしそうに見える。言い方を変えれば、それだけ心細かったともいえる。

 

じっとしていると何かを聞いている。「エン…ドラ…」『ノット イングリシュ』。「イタリアン」イタリア人と思ったのだろうか、イタリア語はでっきるのかと。紙に何かを書き始めた。 

 

「179000→    $」。

 

『あぁ~、解った。179000円のお金をドルに直すと幾らだ』と聞いているようだ。179000円持っていたので、それを書いたあったのだ。

 

外国人は7の文字は、横に2本の棒を入れる。そコンところが、ちょっと解りにくかった。

  

携帯電話で計算して、1627ドルと言おうとしたら、それを見せろと。ok」。

 

さて終了かと思ったら、こんどはやたら長い質問をしてきた。

  

「解らない・・、ぜんぜん解らない・・」と、日本語で聞き返して見る。だって、解るわけないよー、知っている言葉が一つも入っていないのだ。

 

彼女は質問を4度くらい繰り返しただろうか。ココロの中で『ここが今回のウクライナでの山だな』。

 

4度目にその係官は笑い出し首を横に振っている。『もうどうにもならない』そんな感じだった。

 

やさしい笑い顔だったなぁ~。

  

書類にサインをして「もういい、行け」と、たぶんこんな感じなのだろう。これで税関は総て終了。

 

『やったー』。

  

犯罪がらみではないからよいようなものだが、何も知らないというのも強みなのだろうか。

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