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2005年6月17日 (金曜日)

通訳さんは能力が高いは、当たり前

これで、ウクライナ、ルーマニア、ブルガリアの旅行記は終了。

もう旅から、二ヶ月過ぎましたが思いついたことを書いてみます。

今回は仕事だったので、はじめて通訳さんを採用しました。

通訳さんの話を少しします。

東欧で出会った通訳さんは、みなさん能力が高かったですね。

個人名は上げませんが、日本語学校の先生だったり、日本に長く住んでいて帰国して大学へ通っていたりと、日本との橋渡しを楽しんでもいるようでした。

通訳は個人の仕事として私と接していましたが、その中に有る共通の物を感じます。

それは、母国を知って欲しい、理解して欲しい、そして良い関係を持ちたい。そんな強烈な使命感を感じるのです。

そんな通訳さんとのやり取りも今回の旅行の収穫でした。

また、ブログで知ったある通訳さんは日本人で、他国の大学を出て、そのまま通訳として現地に残って活躍していたのです。

この人は良い意味で変わっていて、楽しかったですね。了解を取れたら、そのひとのブログを紹介しますね。これはめちゃくちゃ面白いブログです。

当時ブログを読む限り、シモネタ連発のブログなので、最初は男の人かと思いましたが、違うんですね~これが。

しかし、性差を感じさせない前向きで積極的な人間性は好感が持てます。

ブログと言えば、ウクライナの情報はブログで得ました。行きの退屈な機中も、このブログを読むことで、楽しい時間となったのです。

まさに、インターネット時代を実感した旅行でした。

であったすべての人に感謝してこの旅行記は一旦終えます。

とは言っても、次回はすぐ始めますがね。[^^]

●日本語              ありがとう

●ウクライナ(ロシア語) スパスィーパ

●ルーマニア          ムルツメスク

●ブルガリア          プラゴダリャ

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2005年6月16日 (木曜日)

東欧旅行記日程

いままで書いてきた旅行記は、2005年4月16日成田発から4月26日成田着までをまとめた物です。

旅行記は、旅行中毎日ホテルに帰着後2から3時間かけてまとめた物を、再度文字の間違いなどを修正して書いてあります。

下記は、日程です。

0416土  SU582  成田        12;00  モスクワ   17;00
0416土  SU185  モスクワ    21;50  キエフ
0416土  キエフ/ウクライナホテル

0417日  キエフ日本語ガイド    /10;00-18;00

0418月  キエフ ガイド   

0419火  PS845  キエフ      08;00  ウィ―ン    09;00 
0419火  OS791  ウィ―ン    18;40  ブカレスト  16;20
0419火  ブカレスト/キャピトルホテル

0420水  ブカレスト日本語ガイド/10;00-18;00

0421木 ブカレスト ガイド

0422金  RO291  ブカレスト   15;30  ソフィア  16;35
0422金  ソフィア/ブルガリアグランド         

0423土  ソフィア日本語ガイド   /10;00-18;00

0424日  ソフィア ガイド

0425月  SU426  ソフィア      15;10  モスクワ  19;00
0425月  SU4575  モスクワ     20;00  成田  10;00(日本26日着)

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2005年6月15日 (水曜日)

喫茶店に名前が無い

今回の旅行は、食べると言う仕事だ。

いつもの個人旅行なら、英語ができないでもかまわないが、食べたものの名前ぐらいはわからないとこまる。

そういうことで、通訳を採用した。

今回の通訳さんは美人の大学生。自分の家まで連れて行ってくれた。

正確には通訳さんの実家が経営している喫茶店だ。そこでウエイトレスもしているとのこと。

よく聞くとお父さんとお母さんが喫茶店を経営していて、勉強があるのでときどき手伝っているようだ。

たまたまお母さんがいた。

むかし日本に居たというが言葉はまるで話せないらしい。

両親は喫茶店の経営意外に別に仕事を持っているようだ。サラリーマンだろうか。

じゃ誰が店をやっているのかと聞いたら、二人ウエイトレスを雇い、かわるがわる働いてもらっているとのこと。

また、大学生の通訳さんも朝は仕入の仕事をして、両親は空いた時間には喫茶店の仕事もする。

全員が喫茶店と他の仕事と掛け持ちとは、おどろいたが、もっとおどろいたのはその喫茶店に名前が無いのだ。

店の上に何か書いてあるので、これはなんと書いてあるのか聞くと、喫茶店と書いてあると言う。

「店の名前を呼ぶときはどうするの」と聞くと、「喫茶店と言いいます」と。

店の名前は無いまま営業を始めて2-3年。見事におおらかな一家でした。

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2005年6月14日 (火曜日)

セントラルハリのウエイターは意地悪い  

セントラルハリはソフィア市街中心地の商業施設。

コーヒーを飲んだ。  

もう今日一日で旅も終わりなので、細かなお金は全部使いきってしまおうと、小銭9個を順にウエイターへ渡した。

いくら外国人でも嫌な顔をすればわかる。

いや~な顔をしていた。

コインでもお金に違いはないので、日本なら嫌な顔をする人はまずいない。1万円を十円玉で出すなど極端な話しは別だが。

で、追加でレモンジュースを頼んだとき、細かいお金は先に使ってしまったので、お札で必要なお金を出した。

これはビックリ、先ほどの小銭をスベテ出して数えだして、見事に同じ金額をよこした。

プロだね~。ここは感動する所ではないかな。

ん、、根性の悪い人?、いい意味で考えるとユーモアの有る人とも取れる。

英語を話せない私は、外人でも日本人でも共通する表情から、相手の意思を読み取ることができるようになっている。

うれしいときの笑い顔。嫌なときの拒絶する表情。気に入らないときの怒った時の顔。困った顔。等々言葉はわからなくとも、読み取れる表情と言うのは意外と多い。

ソフィアで一番困ったのが、と言うより最後まで慣れなかったのが、yesとnoのしぐさが逆なことだ。

yesの時は、日本人なら首を縦に振り、noなら首を横に振る。

しかし、ソフィアというかブルガリア全部かな、yesは首を横に、noは首を縦に振る。 

これには、最後まで慣れなかった。

 

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2005年6月13日 (月曜日)

アイリャン

airya◆アイリャン

 

ヨーグルトドリンク。

 

雰囲気はカルピス。飲むと間違いなく、これはヨーグルトだ。

 

水で薄めてあり、冷やしたヨーグルトだが何倍でも飲める。

 

地元の人は、真夏に冷やしてどんどん呑むらしい。

 

次に来たとき、これがコーラになっているのだろうか。そうだとしたら悲しい話しだ。

 

そうは言っても、薄いヨーグルトで、そのほかには何の味もしない、でも結構楽しい。

 

うん、確かに暑い夏には似合いそうだ。

 

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2005年6月11日 (土曜日)

ソフィアのモツ煮込み

◆シュケンベ チョルバtyoruba

ブルガリアに、チョルバのあることは知っていたが、二アガラというレストランで初めて食べた、

 

この味にビックリ。

 

まるきり日本のモツ煮込みではないか。ただそれをちょっと洋風にしてある。そう思ってもらえれば想像付くだろう。

 

つまり、少し酢味の入ったスープだ。

 

スープは白濁している。牛乳を少し入れるらしい。

 

地球の歩き方には、独特の香りがある臓物のスープと書いてあるので、相当匂いがきついだろうと敬遠していたが、これはいける。

 

ブルガリアでは前の晩にお酒を飲みすぎたとき、つまり二日酔いの朝に食べるらしい。

 

通訳さんは若い女性なのでこれは食べないだろうと聞いたら、案の定内臓肉なので食べませんとのこと。

 

ちなみにお母さんも食べないが、父親は食べるらしい。

 

お父さんはやっぱり二日酔いの朝に食べるようだ。この味では目も覚めるだろう。

 

それに、モツ煮込みは食が進まなくても、少しでも元気が出る。

 

ヨーロッパでモツ煮込みに出会うとは、嬉しい。

 

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2005年6月10日 (金曜日)

花の名の女の子、全員集まれ

ブルガリアのツェティニッツァというお祭りに出会う

これは、2005年04月24日のこと。

tyetenittya今日は日曜日かな。

 

ずいぶん沢山の人たちが歩いている。なんでだろうと通訳さんに聞くと、今日は花の祭りだという。

 

もっと詳しく聞くと、ブルガリアには花の名前をつけた女性が多いらしい。

 

日本で言えば、ユリ子とか、すみれとか、花子などがそれにあたるだろうか。

で、昨日の土曜日と今日はツェティニッツァ祭り。

 

ヴァルバという草木(写真)を買い、教会へ行ってお払いを受けてそれを家に持ち帰り、室内に飾って健康を祈る祭りとのこと。

 

街のいたるところでヴァルバや花を売っている人がいる。また手に持って歩いているし、頭に巻いたりもしている。

 

面白いのは花の名前に関係の無い人は前々関係ないらしい。通訳のシルビアさんもまるで関係ないという顔をしていた。

 

お祭りに関連しているのだろう、街の中では民族衣装をきたおばぁさんたちが、おどりを踊ったり合唱をしたりしている。

 

全員おばぁさんばかりで、若い人は居なかった。残念。でも楽しそう。

 

oneetyan民族衣装も、ブルガリアの地方で若干違うようで、4種類ぐらいは見ただろうか。

 

私は運がいいのだろう、出張や旅行で偶然にお祭りやイベントによく出くわす。

 

間違いなく運の良い星の下に生まれたに違いない。

 

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2005年6月 9日 (木曜日)

子供が増えるほど生活が楽になる。

何人ものジプシーに会った。

 

日本人にはちょっと見て、地元の人と区別がつかない。

 

日本人にはなじみの薄いこの人たちも、ルーマニアやブルガリアには沢山居る。

 

ジプシーの存在は社会問題のようだ。

 

まずジプシーは働かない。ではどうやって暮らしているかというと、たかり。物乞い、盗みなどらしい。

 

道端の露店など、どんな小さな店をやっていても、全部ブルガリア人で、ジプシーは一人もいないという。

 

主たる生活費は、物乞いだ。

  

物乞いは母親が子供を使ってやる。

 

子供が集めたお金は、あとで母親が巻き上げる。ようするに子供がからかわいそうだと観光客がお金を上げる。そこを狙ってのことだ。

 

道中、特にソフィアでは数回お金をせびられた。幾ら要求されても出さないが、観光客にとっては断るのも気持ちのよいものではない。

 

ジプシーは子供の数が多い人ほど生活が楽になるという。

 

なぜなら物乞いをする手数が増えるからだ。だからブルガリアでは子供の出生率の6割がジプシーだという。これが大きな社会問題となっているのだ。

 

男はどうしているかというと、やはり働かないらしい。

 

中には自分の体に傷をつけて、物乞いをするという。いわば目を見えなくしたり、手足を使えなくするようだ。

 

それも自分でやる。

 

で、かわいそうにと、お金はもらえやすくなる。

 

そんな痛い目にあうなら働いたらよかろうがと思うが、それでも働きたくはようだ。これは日本人の感覚では考えられないだろう。

 

日本人は、働きすぎだと世界中から非難されるほど働くことが好きだ。

 

どうも日本人とジプシーは、対極にあるようだ。

 

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2005年6月 8日 (水曜日)

拳銃持ち込み禁止のホテル

kennyzuuホテルの玄関ガラスに拳銃持ち込み禁止のステッカーがあった。

 

このステッカーは、ブルガリアのグランドホテル正面玄関前のドアに貼り付けられている。

 

日本国内なら考えられない。

 

ちょっと見には笑える話だ。

 

だって、まず拳銃を持ち込むような人は、ステッカーを見ても反応はしないだろう。

 

なぜなら、拳銃を持ち歩く人が、ステッカーを見て、ホテルへ入るのをやめようとするだろうか。

  

では、拳銃を持ち込めないからとって、ホテルへ入るのをやめるだろうか。

 

また、フロントへ預けるはずも無い。

 

これは理解できなかったが、しかし、これは私の考えだ。というか、日本人から見たら常識かも知れないが、実は重大な問題が隠されているんですね。

 

現地の日本人に聞いた話では、マフィア同士の抗争があり、一般人が巻き込まれ撃ち殺されたとのこと。

 

高級車の止まっているレストランへ、近寄らないほうがいいですよと、忠告された。

 

つまり、現地の人にとっては差し迫った日常の問題なのだ。

 

この拳銃持ち込みシールに関しては、旅行者が事情も知らないで、茶化すようなことではないとの結論でした。 

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2005年6月 7日 (火曜日)

ソフィアで日本人に声をかけられる

ソフィアのホテルで日本人に声をかけられる

 

そいえば名前を聞かなかったなぁ。

 

ソフィアはずいぶん寒い街だ。たまたま今日だけだろうか。

 

あまりにも寒いのでホテル近隣だけ歩いた。ホテルへ戻ると、日本人に声をかけられた。

 

『えっ、なぜ解ったの?』こんな顔をしたら、ゆびをさされた。手には地球の歩き方。まぁこれでは解るわな。

 

若い女性だったが、30分くらい立ち話をした。

 

その人はジャイカの海外青年協力隊のボランティアでプロヴィデフ(ブルガリア第二の都市)にいるという。

 

次の日に大会があって同じホテルに止まるらしい。日本人4人が集まってくるとのこと。

 

『いゃあ~、日本人はすごい。誇りに思う』と。これは言わなかった。でも言えばよかったかなぁ。

 

知らない土地。特に外国で声をかけられるのは理由無く嬉しい。日本語を聞くとほっとする。彼女もそうだったのかな。

 

もしかしたら、こちらよりそういう気持ちは強いかもしれない。

 

日本人はすごい。

 

彼女たちのような人のおかげで、日本人は世界で好かれるのだろう。

 

なんで、イラクに自衛隊を派遣したのか。その決断がよりいっそう悲しい。

 

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2005年6月 6日 (月曜日)

ボルタクに大声

ブルガリア ソフィア空港。

 

入国審査を終了してから、何処から出るのだろうと、税関の辺をうろうろして居たら、こっちへ来いという。

 

で、言われたとおり行ったら外に出てしまった。ウクライナから見るとずいぶん簡単だ。

 

空港内は地球の歩き方で見ていたので知っていたが、案の定「タクスィー タクスィ」と、ボルタク(自分で名付けた、だますタクシーのこと)が来る。10人には声をかけられただろう。

 

地球の歩き方にはOKタクシーが一番良心的だと有ったので、1階のOKタクシーの乗り場までいく。

 

驚いたことにボルタクは、OKタクシーの側でも遠慮なく声をかけてくる。「デスカウント、20LV(1400円)」「デスカウント、10LV(700円)」と、だんだん下がっていくのは解ったが、「no」と。

 

同じ人に5回もアタックされるとさすがにムッときて「NO・・」と、30m先まで聞こえる大声を出したら、こなくなった。

 

このOKタクシーの乗り場には、20人くらいが待っていた。列も作らないので、下手をすると先を越される。

 

OKタクシーは20人の人の列。ボルタクは10台の人待ち。

 

コチラは地球の歩き方に載っていたから知っているとしても、他の国の人にもブルガリアのボルタクは有名なのだろうか。

 

ボルタクの運転手もこの状況を見て、自分たちのやり方を反省したらよかろうにとおもう。

 

OKタクシーの運ちゃんは、「市内までチョっきり6LV(420円)だ。私はプロ。間違いない」と。たぶんこう言っていた。

 

で、チョっきり6LVだった。

 

10LV渡して釣りはいらないと言ったので、結局ボルタクと同じ金額になったが、気分は違う。

 

気分は、爽快、痛快。

 

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2005年6月 5日 (日曜日)

3年後に期待できるルーマニア

hikouki ルーマニアを離れるに当たって考えてみた。

 

空港は真新しく、今にも飛び立ちそうな国。一言でルーマニアを評するとそうなるだろうか。

 

ブルガリアの街中に観光客は少ない。地元の人やビジネスマン、学生が多いようだ。

 

地下駐車場の話しがあった。

 

市内は車の洪水。通訳さんのはなしでは、3年前はこんなにひどく無かったようだ。路上駐車などもだんだんひどくなるとのこと。

 

違法駐車解消のために地下駐車場を作ろうと、議会でも取り上げられるが、必ず一方が反対に回るようだ。いわば反対のための反対らしい。

 

遅れた議会というか、政治家は何処も同じだ。日本などはその典型だ。いまの世の中を駄目にしているのは、1に政治家、2に軍人、3に官僚。こんな感じ。

 

ブカレストの違反駐車や違反タクシー(許可を取らないタクシー)など、法律違反を警察は賄賂で見逃すそうだ。

 

また、税務署も企業へ査察に入ると賄賂で見逃す。

 

会社は会社で、支払う給料に税金が掛かるので、使用人と話しあい見かけの給料を少なくするらしい。

 

使用人も所得税が安くなる。これで両方よかったねとなる。

 

また、税務署にばれたら賄賂で済ます。みんなハッピー、これがこの国の実態だ。

 

いうならば国中が汚職にまみれた遅れた国家とも言えるだろう。しかし、ここを克服できるとアジアの新興国の次に発展する国となるだろう。

 

そのエネルギーは三日しかいなくても感じる。街中にエネルギーはあふれている国なのだ。

 

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2005年6月 4日 (土曜日)

価格の入っていないメニュー

タイトルを正確に表現すると、レストランに入るとメニューを二部渡される。女性のメニューに価格が入っていないのだ。

 

ルーマニア・ブカレスト郊外のマックモニスは静かなレストラン。

  

観光客は少ないレストランのようで、通訳さんの話では接客で使う事が多いとのこと。結構ハイレベル。

tumasakitoireむかし田舎にあった木製のトイレを思い出した。

 

帰国してからも、このトイレをよく思い出す。それほど強烈な出来事があったのだ。

 

それは、この男子トイレは、爪先立ちで用を足さなければならないのだ。足の踏み場が無く不安定。ズボンによだれの付く恐れがあった。

 

 

さて、メニューが配られる。一つはピンク。もう一つは薄いブルー。

 

で、薄いブルーのメニューブックには、価格が付けられていなく、女性に出された。見事な計算というか配慮というか。

 

女性は価格を気にしないで、注文ができるようにしてあるのだろう。

 

見方を変えると男性に対しての配慮とも取れる。スマートに食事ができる。また、それでミエをはることもできる。でもこの考えは私だけかな?

 

この考えがルーマニアで通じるかどうか定かではない。

 

私は大丈夫だったが、どう考えても、他の方法は無いと思う。

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2005年6月 3日 (金曜日)

東欧の人のお辞儀

東欧人のメードさんがお辞儀をする

 

あさ部屋から出ると、掃除のメード(?)さんが、こちらを見ている。どうしたのかなと、「おはよう」と、日本語で挨拶をした。

 

「・:*$&~」。ナンだろう。近寄ってきた。

 

『やば!襲われる』そんなことは思わなかったが、お辞儀をしている。

 

『あれ、東欧はお辞儀をするのかな?』。お礼を言っているようだ。それもなんども何度も。

 

んんん、、、『あっ、そうか~、昨日のベットメーキングのチップのお礼だ』と。

 

近寄ってきたので、握手をしたら、両手で握りかえしてきて、「せんきゆぅう」となんども頭を下げながら言う。

 

こんなのは照れる。だって、そんなに丁寧にお礼を言われるほどチップを出してはいない。『はずだが?』

 

コチラの平均月収が30,000円だから、メードさんはそれより低いかな。

 

チップは100,000円じゃなかった。100,000LEIだ。日本円にして300円。『あ~、そうか~。けっこうな金額だぁ』あらためて関心というか驚きというか。

 

日本円に換算すると、1,000円くらいかな。日給より多くなるかもしれない。

 

でも、感謝されるということは嬉しいことだ。

 

うん、今日は一日いい日になりそうだ。

 

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2005年6月 1日 (水曜日)

「チップが足りない」と、請求される(2)

チィンバロム、アコーデオンなど。   

gakudann 

この4人の人たちは、北海道を含めて日本各地を回っていたらしい。「クシロ~、サッポロ~、ハコダテ~、」と5ヶ所の地名を言っていた。

 

全部は聞き取れなかったが。

 

よかったのはここまで、料理の味はまるで駄目。硬い、まずい。正直に言ってゴメンナサイ。

 

でも、口に合わないだけかもしれません。もしかして、私の味覚のほうがおかしいのかも。

 

席の両隣にアメリカ人が二組来た。レストランの前はアメリカ大使館、後ろはインターコンチネンタルホテル。

 

アメリカ人が来た。危険だ。そろそろ帰ろう。

 

帰り際にチップが足りないと要求された。日本人の感覚では、当然のようにチップを要求することは信じられない。

 

通訳さんの話では、ルーマニアのレストランオーナーは、チップも見込んで安い給料を支払っているとのこと。 

 

それで生活をするようなシステムだというから了解はする。しかし、地球の歩き方には、チップの習慣は無いと出ていた。

 

アメリカ人がその習慣を持ち込んだのだろうか。

 

また行くかといわれたら、バッテン。

 

しかし、こんなレストランには書くことがたくさんあって、ブログを書く私にはまるです。[^^]。

 

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「チップが足りない」と請求される(1)

ブログで出会った通訳さんから、ブレビスタはジビエ専門レストランと話しがあった。店内のいたるところに剥製がある。

 

また、メニューには、熊、うさぎ、キジ、いのししなどの料理がある。鴨もジビエかと思ったら家畜らしい。なぁ~んだというか、がっかり。

 

このレストランはアメリカ大使館のまん前に有る。店頭の写真を撮ろうとしたら、門番に写真は駄目だという。

 

何故だと聞いてもらうと、アメリカ大使館を写真に撮っては駄目だとのこと。

 

だれがアメリカ大使館など写真に撮るか!

 

ここはルーマニアで一番危険なレストランかもしれない。なぜなら世界中でアメリカ大使館はテロに狙われている。ここも厳重な塀と兵に守られている。

 

もう一つここには危ない理由がある。それはアメリカ兵自体が危険だ。

 

と、私は思っている。

 

むしろ一般市民にとって、テロよりアメリカ人の方が恐ろしいだろう。

 

そんな話しをしていたら、通訳さんはルーマニア国内で、結構有名なルーマニアの歌手がアメリカ兵の車でひき殺されて大問題になったと話していた。

 

ほら、やっぱりアメリカ人が一番怖いだろう。

 

なんたって全世界で外国人を一番殺しているのはアメリカ人なのだから。

 

さて、レストランに足を踏み込むと目の前から地下があって、目を見張る構造だ。いい雰囲気だ。この時点ではそう思っていた。いや本当にいい雰囲気なのだ。

 

ウエイターも陽気で、店長と4人で写真を撮った。

また、店内には演奏が流れている。写真を撮ろうとすると日本語で話しかけてきた。ルーマニアの楽団は日本に結構来ているらしい。

 

tinbaromu二回から見下ろすと、なんか変な楽器がある。聞いて見るとチィンバロムという楽器でピアノの原型となった楽器だ。

 

楽器に夢中になって、どんな音楽が掛かっていたかぜんぜん覚えていない。ん、、、残念。

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